いつも不真面目だと言われる。
一所懸命生きてると思っていたが。
皆様、お元気ですか?
日々気温が10度近くも違うので、何着ていいかさっぱり。
ワタクシです。
さて、ワタクシの勤める会社では、日々考え方の違いが大きく、穏やかに楽しく働くことが難しい。
この考え方の違いは、どちらが正しい! とかいうモノがないだけに非常に厄介である。
例えば病院にて、ワタクシは話しかけやすいのか、やたら声をかけられる事が多い。
時には70になる方が、末期だと言われて治療法もないと言われたが、死にたくない。
延命しかできないというが、ならば永遠に抗がん剤をうってもらって余命を伸ばしたい。 とか。
時には何度も顔をあわせる方から、末期だし治らないとはいうけれど、先生を信じているので従う。
出来ることは全部やって、少しでも長く生きないと人として間違っている。
私たちは生かされているのだから、生きることを諦めてはならない。 とか。
人には色んな考え方があるものです。
なのでワタクシはそれを聞いて、特に何をいうまでもないのです。
がんばれ、もあまりいいません。
それなのに、あなた患者なの? 付き添いなの? というシンプルな質問をされた場合、正直に答えます。
末期ガンです。 と。
まぁお若いのに。それはさぞかしお辛いでしょう。
といわれると、辛くはないので正直に答えます。
いえ、まったく! と。
こうなってくると大抵は、若いから体力があるので抗がん剤に耐えれるのね、とかいわれます。
ウソをつくつもりはないので、いえ、抗がん剤は受けてません、と答えます。
そうですねぇ、余命とかより大事なモノがあるのです。
それは充実した半年は、充実しない十年に勝る、という思いですかね(アハハハハ)
ワタシは辛い道だけは歩きたくないんですよ。
とかいう会話になります。
すると決まって、何をバカなことを言ってるのか? と機嫌をそこねられます。
さらには、いかに抗がん剤が素晴らしいか語られます。
希望を持って抗がん剤を受けるべきだ! と怒られます。
そして素晴らしきかな抗がん剤のおかげで、今自分がどれほどいい方向にいっているか語られます。
しかし、その最後の方は、もうハチャメチャです。
食事が取れないほど吐き気がひどいけど、だったりとか、もう歩くのも困難なほど貧血気味でフラフラだけど、とか、2、3日はベッドから起き上がれないけど、とかの言葉の後に、でもそのおかげでワタシは後何年も生きられるの! わかる? とかいう説教を永遠聞かされることになります。
下手すると次回の検診でまた出会い、下血した、ひどいと思わない? 抗がん剤でこんな事になってるとしたら許せないと思わない? とグチを聞かされることさえあります。
そして去り間際、でもあなたは抗がん剤を受けるべきよ! という念押しをされたりもします。
そのような考え方の違いは、ひとそれぞれ生きた環境の違いでしょうか?
ワタクシは幼くして母を肝臓ガンで亡くし、大スキだったおじをガンで亡くし、幼くして父方と母方の祖父をガンで亡くし、父親の兄弟を4人ガンで亡くしています。
まだ若かった従姉妹もガンで亡くしてもいるのです。
その背景には、治療で人としての全てを失って亡くなっていった。という印象しか残っていないのです。
母親は数日前まで元気でした。
しかし突然ガンと宣告され、余命は1ヶ月ないといわれました。
治療に入る前まで、会話も普通、動きも普通、それどころかノンキにマンガを読んだりもしていました。
しかし、治療に入ってからは夜中の譫妄で発狂したり、昼間はぐったりとして声の一言も聞けない。
少し元気なときに会話すると、母は懐かしい話しをしてくれました。
それは楽しかった思い出や、大好きなもの。
そしてそれをまた経験したいから、まだ死なない、と言います。
だから心配しなくていい。
あんたはあんたのやりたいことやってくればいいよ。
しかし母は夜中に急に重篤な状態となり、ワタシ従姉妹に連れられ病院へ。
そしてもうほとんど呼吸もない状態から、ワタシの名前呼びました。
姉も父も、それには驚き「先生、娘がわかるようだが」と言ったと同時、母の死亡が伝えられました。
これでよかったのだろうか?
家族には今もなお、疑問がわくのです。
本当に延命は必要だったのか?
少なからずとも、治療する前の元気さがあれば、行きたいといっていたところへも連れていってあげられたかも知れない。
痛みがあったとしても、見たかった風景を見れたほうがよかったんじゃないか?
辛い治療のせいか、死んだ後の母親の顔は、安心しすぎた笑顔だったのです。
だれもが疑問に思ったのはその事もありました。
死んで笑顔を見るなんてことがありえるのか?
生きてる後半の辛い顔はなんだったのか?
死んだほうがそんなに楽だったの?
いつまでもその思いは消えませんでした。
ワタシはせめて、まわりにそんな疑問や後悔を残したくありません。
あの子は好きにやって、残りの人生を謳歌した。
そうせめて思ってもらいたいと思ってるだけなのです。
けれどそれを口にしたところで、考えが変わるとは思っていません。
これはワタシが決めた事。
人がどう考え、どういう道を行くかは、その人だけにしかわからない思いでしかないと思っています。
なので、抗がん剤を受けるべき! というのは一つの案でしかなく、押し付けられるように言われると、なんだか違わない? と思ったりもします。
けれどそれも、その人にしかわからない何かがあるのでしょう。
だから否定もせず、まぁ一応聞いておきます! ぐらいで終わってしまうのです。
さて、だいぶ話しが反れましたが、会社でこのような考え方の違いで悩むことが多いデス。
病院とかいうたまの食い違いはやりすごせますが、会社の人とは毎日顔をあわせるのでシンドイです。
今日もちょっとおかしな事が起こりました。
後輩(といっても年上)の彼女は、とにかくプライドが高く、自分は何一つ間違っていない! という主張が多いです。
先日、仕事の確認を請け負った彼女は、彼の話しがよくわからなかったようです。
そこで先輩に確認しようとしたができなかったようです。
しかしその確認は急がないと発注ミスとなり、お客様に多大な迷惑をかけることとなります。
そこで、メモを残しました。
役員の机に貼り付けて、これであっているかどうか彼に確認してから発注してください。 と。
なぜならワタシは2日ほど休みます。いません。
来てからでは確認が間に合わないから、お願いします。
という内容のもの。
しかし役員は、確認を取っていませんでした。
メモはあったと思うけど、次の日にはなくなっていて、誰かがしたんだろうと思っていた、といいます。
2日経って出社した彼女は、その日から彼が一ヶ月休みをとっておらず、今日より3連休になったことを知りました。
ここまでは別に普通の話しです。
ワタクシの考えでいえば、なぜわからないのにカレの言葉をうやむやにしたのか? という疑問。
そしてなぜメモだったのか? というナゾ。
そしてさらに、そんなに気になっていたのならなぜ電話1本よこさず2日も普通に休んだのか? という事。
なので言います。
「わからないのに、なんで?」
すると彼女。
「調べたらわかるかもと思ったし、完全にわからなかったらもう一度確認しようと思っていた」
「ふむ、で、確認したの?」
「いえ、仕事が終わって帰ってしまっていたので」
「じゃあ、その段階では何もわかってなかったわけね」
「だから確認してほしいってメモ残したんですよ!!
ひどいと思いません? 頼んでもしてくれないとかありえなくないですか?
しかも今日確認したくても、3日休みじゃないですか、カレ。
しかももうアタシがよくわからないまま書いたFAX送られてて、発注済みなんですよ。
あってるかどうかわかんないのに、上司が確認してくれてないから、下手したらアタシのミスになるじゃないですか!!
アタシちゃんとお願いメモ残してたのに、なんであたしが悪者にならないとイケないんですか?
ありえません、もう最悪です!!」
と、まぁ1時間は聞かされました。
プリプリずーっと悪口とグチを聞かされていたので、てっきり解決したものと思って聞いていたら、
「何聞いてたんですか、さくらさん! 解決してないから怒ってるんですよ~~~。
明後日、あたしが怒られるんですかね? 悪いのあの人なのに」
という答え。
えっと・・・、グチ言う暇あるなら解決しようよ・・・・・・・。
しかし彼女は言います。
だってもう解決しようがないじゃないですか!!!
うん? そうかな?
そんな事はないやろ。
ま、5分で解決し、そして終わらせたワケだが(笑)
解決しようがない、とかいう出来事なんてこの世にはない!
ワタシはそう考える人なので、不思議すぎて困った。
しかもそのグチは、解決した後も1時間以上続いた。
考え方は人ソレゾレなのだろうが、我が社ではこれがわりと普通である。
まずは悪いのは絶対他人!
そして解決できないと思い込み、何もせず自分がいかに悪くないかを永遠語る。
考え方は人ソレゾレだとは思う。
だが、仕事に持ち込まれると、ストレスが半端なさすぎてけっこう大変だ。
考え方はかわらないが、思うのです。
社長、ワタシ末期ガンなので、早々この方々の処理を追い続けるわけにはいきません。
あまり期待して、ワタクシにやめられては困る、と涙目になられても困るのです。
考え方を押し付けず、穏やかにやっていく方法が、今一番知りたいデス。
人気ブログランキングへ